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子宮・卵巣全摘出後の経過

このブログの内容は、おもに3つのテーマに分けました。

1.日常の雑感や日記
2.躁鬱病のこと
3.子宮体がん0期の診断・手術・術後の経過

このうち、3の子宮体がんについては、手術を受けたところまで書いて、術後については手をつけずまいでした。その理由のひとつは、躁鬱病のほうの状態が落ち着かず、ブログを書けずに時間が経過してしまったことがあります。

手術後の退院までの経過は、もう1年以上前のことで、正確には書く事ができません。

ただ、術後、翌日の午後には立って歩いていたこと。
お腹に鈍痛はあったけれど、とにかく歩くようにと看護師さんに言われて、廊下を2日目、3日目には何往復もしたこと。
食事は術後2日目からは普通食が出たこと。
3日目にはシャワーを浴びる許可が出たこと。
5日目に内診があり、特に問題はないと言われほっとしたこと。

などを覚えています。そして入院して7日目には無事退院しました。

退院してまずしたことは、食べたいものをお腹いっぱい食べることです。
なにせ手術前の1ヶ月は泣きたくなるほどストイックな減量をしていたので。

千疋屋でフルーツパフェを食べ、お昼ご飯はちょっと贅沢に中華料理店で五目そばと餃子とチャーハン。
涙がでるほどおいしかった!

術後の最初の診察は退院から約1ヶ月後でした。細胞診と超音波、内診。

その1ヶ月後だったか、細胞診の結果を聞きに診察。問題なし。

それからは約3ヶ月に1度の検診を受けてきました。

いつも不安にはなるのですが、経過は問題なく、その度にほっとしました。

つい先月にも検診を受け、5月にやった細胞診の結果も問題なし、手術から1年以上経っているということで、次の検診は1年後ということになりました。ほぼ無罪放免です。

ということで、術後の経過については、ひとまずこれにて終わりにします。

また、何か異変がありましたら、随時、お知らせします。

それにしても、つくづく、早期発見、0期であったこと、よかったと思います。
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子宮全摘手術~約6時間、がんばりましたあ!

2014年5月13日。子宮ならびに両側付属器切除術を受けました。

朝から晴れていました。前夜は睡眠導入剤を飲んだので、夜9時過ぎには眠りにつくことができました。緊張していたわりには、一度も目を覚ますことなく、朝の6時過ぎまで寝ていました。

7時頃に洗顔をすませて、さっそく手術着に着替えました。

最初の不正出血があって診察を受けたのが去年の10月末のこと。それから度重なる検査や診察、そして内膜掻爬の手術などを乗り越え、半年後、やっと子宮体がん0期治療のための手術にたどりつきました。

やっとここまで来たか。いよいよだ。

緊張感は薄れて、どちらかというと戦いに挑む高揚感に満たされてきました。

たしか午前8時頃だったでしょうか。若い女医さんが病室に来て、点滴の針を入れてくれました。

これからしばらくはこの点滴のお世話になるんだわ。頑張らなくちゃ。そんな気持ちでじーっと点滴を眺めました。

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それからしばらくしてナースが朝の回診に来ました。

「おはようございます。眠れましたかあ?」

「はい、薬のおかげで」と私。

「それはよかったです。ところで、お通じはどうですか?」

あ、あ、そうそう。それです。ほとんどお通じがなかったのです。下剤を飲んだのに…・。とにかく頑固な便秘症で、以前も胆嚢切除の手術をしたときも、やはり手術当日までお腹はすっきりしませんでした。

そのことをナースに伝えると「まあ、様子をみましょう」とのこと。よかった、浣腸なんて言われたら嫌だなあと思ってました。

点滴につながれてしまうと、身動きもままならず、ベッドに横になって、手持ち無沙汰をまぎらわすためにテレビをつけて観るともなく見ていました。

病室の右隣りのベッドの人のところに、ご家族が来ました。どうやら午前中から手術を受けるようです。漏れ聞こえてくるナースや医師との話だと、子宮筋腫の手術らしい。それもやはり腹腔鏡下で。(大部屋はプライバシーはあってなきごとくです)

9時半くらいだったか、隣りの患者さんのところにナースが来て、手術室に呼ばれましたとのこと。40代くらいの感じのその患者さんは、「あ、もう呼ばれたんですか」と言いながらナースと一緒に病室を歩いて出て行きました。

はあ、みんな大変だわあ。頑張らなくっちゃなあ。

だんだんとまた、緊張感が高まってきました。ひとりでいるとドキドキしてきました。

11時過ぎになってやっと、夫がやって来ました。

「どう、調子は?もう点滴してるんだね」と夫。

私は、ぐっすり眠れたこと、お通じが無いことなどを伝えました。

「お腹空いたわあ」。手術当日なので食事はもちろん、水分もとれません。

午前中に手術に入ってしまえば、空腹とたたかう必要もないのになあ・・・なんてことを夫に愚痴りました。

夫は、S先生からお昼過ぎにはスタンバイしておいてくださいと言われていたので、それまでに昼食を済ませてくると言って、いったん病室を出て行きました。

今度はやはり同じ病室の左隣りの患者さんのところに、医師が来ました。なにやら子宮がんがどうたらこうたらと話す声が聞こえてきました。

「昨日はよく眠れなかったんです」と患者さんの声。

ああ、こちらも大変なんだわ。またまた、緊張感が伝染してきました。

ほどなくして夫が戻ってきました。

「あら、もう食べてきたの?」

「うん、いつ呼ばれてもいいようにささっとすませたよ」と夫。

ありがたい。いつも優しい夫だけど、こういうときはことさらその優しさが身にしみます。

私の緊張を解きほぐすつもりなのか、夫はたわいもない雑談をしていました。

さて、そろそろ12時。お腹はうんともすんとも言わない。もう諦めて、いよいよ手術への心の準備。

夫とおしゃべりしながらも、気はそぞろになってきました。

まだかなあ。そろそろ呼ばれるかなあ。

ナースが点滴をとりかえに来たので「あの、そろそろでしょうか?」と聞きました。

「午前中の手術が長引いているようなので、まだのようですよ」とナース。

またかあ。

前回、2月の手術のときも前の手術がものすごく長引いて、さんざんに待たされ、手術が始まったのは夕方5時頃でした。

まさか今回はそんなことにはならないだろうねえ。

そう夫と話しながら待つこと、待つこと。すでに午後2時半を回りました。

ひえー。緊張感で押しつぶされそう。まいったなあ。

夫も3時間も丸椅子に座ったままで待ちくたびれてきた様子です。

いい加減、この緊張感から解放してほしいよう。

そう思って半べそ状態になり始めた頃、ナースがやって来ました。

「はい、お待たせしました。呼ばれましたからね。手術室に行きましょう」

おおお、やっとだあ。時計の針は午後3時を回っていました。

点滴棒を片手にひきずりながら、ナースのあとをついて病室を出て、エレベーターで2階に降りました。夫も一緒です。

二度目の手術なので、手術室に入ってからの手順は想定内です。

それでも今度は、なんといっても子宮と卵巣の全摘手術です。緊張度が前よりも高くなってきました。

手術室のドアの前に来ました。「ご主人はここまでです」とナース。

「じゃあなあ」と夫はひと言。なんだ、頑張れよーーー!とか言ってくれないんか。

「うん、じゃあね」と私もあっさりと返して、ナースと一緒に手術室の中に入っていきました。

いざ手術室に入ってしまうと、もうまな板の上の鯉状態。二度目ということもあって肝も座りました。あとは促されるままに従って、寝台車で連れて行かれた手術台に横たわりました。

S先生やK先生が声をかけてきたところまでは覚えていました。(近眼なので先生たちの顔はよく見えなかったけれど)それから先は、全身麻酔であっという間に眠りに落ちてまったく記憶にありません。

「どうですか、終わりましたよ。痛みますか?」

そんなS先生の声が遠くから聞こえてきて、うっすらと目が覚めました。

うぅ、痛い。「はい、お腹痛いです」というようなことを私は言ったと記憶しています。

「痛み止めを点滴しますから、大丈夫ですよ」と誰かの声。

そして手術台からベッドに移された私は、そのまま病室に戻りました。

病室に戻るとまもなく、夫がやってきました。

「いま何時?」と私。酸素マスクをしているので、思うようにしゃべれません。

「いま9時過ぎたよ。もう消灯だから、僕は帰るからね。大丈夫?」と夫の声。眼鏡をしていないので顔がぼーっとしか見えません。でも、少しホッとしました。

それにしても、夜の9時かあ。ずいぶん時間かかったんだわ。

麻酔から覚めたばかりのボーッとした頭でそんなことを思いました。

夫は急いでいる様子。もっと居て欲しいけれど、たしかに消灯時間を過ぎてるし、第一、夫も疲れている。これから2時間かけて家に帰らなければならない。ひきとめられません。

「うん、ありがとう。気をつけてね」。そう夫に言いました。

夫が帰ってからほどなくして、S先生が手術着のまま病室に来ました。

「無事に済みましたからね。大丈夫ですよ。内膜に一部、でっぱった箇所がありましたけれど、病理検査に出しますから」

ええっ?でっぱった?それって・・・?

一瞬、耳を疑いました。でもS先生は大丈夫と言ってる。どういうこと?

そんなことがなんとなく頭をかけめぐりましたが、まだやや朦朧とした意識のため、その場で聞き返すことができませんでした。

それよりも、痛い。叫ぶほどの痛みではないけれど・・・。そのことを伝えると、痛み止めを点滴してくださるとのこと。

S先生が退室したあと、ナースがやってきて、点滴をチェックしたり、酸素マスクのゴムを調節したりしてくれました。

「眠剤は飲めないので、精神科の先生の指示通り、点滴で睡眠導入剤を入れますからね」とナース。

ホッ。 よかった。眠れなかったら、辛い。

麻酔がまだなんとなく残っているようなまま、私はいつともなく眠りについていました。

長い一日でした。

入院・手術前日(後編)

席に座って待っていると、しばらくしてS先生が部屋に入ってきました。

「お待たせしました。体調はいかがですか?」

いつものにこやかな顔。私は、ホッとひと息。

それからS先生は、翌日行う腹腔鏡下子宮ならびに卵巣切除の手術について、その必要性と手術の方法、予測される危険性、合併症、予測される経過などについて、ホワイトボードを使って、実に詳しく説明してくださいました。

とくに、手術の途中で子宮が膣から出ない場合や、腹腔内に強い癒着がみられた場合、出血が多い場合は、腹腔鏡下手術から開腹手術に変更する可能性があること、その場合は術中に夫に了解を得るため伝えるとのこと、

術中大量出血が起きたら輸血を行うこと
術後に下肢静脈血栓症や腸閉塞、小腸癒着などの合併症が起きうること
周辺臓器(腸管、尿管、膀胱など)への損傷
その他まれに脳梗塞などの予期せぬ合併症も起きうること

切除した病変を病理診断するが、その結果次第ではリンパ節郭清などの追加治療が必要になる場合があることなどを丁寧に説明されました。

開腹手術になるかもしれないことは覚悟しましたが、びくっとしたのは病理診断でがんが子宮の筋層にまでひろがっていることが見つかるかもしれない、さらに手術が必要になるかもしれないということでした。

ひえーーーーーっ。

冷や汗が出てきました。

「何かご不明な点やおたずねになりたいことはありませんか?」

ひととおり説明が終わって、そうS先生はおっしゃいました。

私と夫は顔を見合わせました。情報量の多さにやや呆然。でも、しっかりと説明していただいて、納得です。

「いえ、とくにございません」

「では、こちらの手術承諾書に署名、捺印していただけますか?」

S先生が説明している間、ずっとパソコンに向かってタイプしていたT先生が、文書をプリントアウトして持ってきました。

患者名、患者番号の下に病名「子宮内膜異型増殖症」と印刷されています。

手術術式「腹腔鏡下拡大子宮全摘術+両側付属器切除術」
手術予定日「2014年5月13日」

その下に、先ほどの術前説明の要点が書いてありました。

「診断は「子宮内膜異型増殖症(子宮体癌0期)」です。」

「子宮体癌」の字が目に飛び込んできました。そーだったよね、癌のお仲間だったのよね。

気が改めて引き締まります。

入院経過についても要点が記されてありました。
術後1日目で歩行開始、尿道カテーテル抜去とあります。
そして術後4日目に退院へ向けた診察。術後6日目の18日に退院。

やはり6泊7日の入院です。

私はその承諾書に署名・捺印して、控えを一部いただきました。

「そのほか、なにかありますか?」とS先生。

「いえ、どうもありがとうございました。どうぞよろしくお願いいたします」

そう私は言って、夫とともに席を立ち、緊張したまま面談室を出ました。

ふうう。ふと時計を見るともう午後1時40分を過ぎようとしていました。

予想外に時間がかかりました。あんなに丁寧に、まるで大学の講義のように説明してもらえるとは、思いませんでした。

まったくもって、あらためてS先生の真摯な姿勢に頭が下がる思いでした。

さて、もう午後2時。夫は仕事を休んでくれたので、そのあとふたりでスタバへ行ってひと息つきました。

というのも、その日は夫の誕生日だったのです。
(前回の手術が私の誕生日。なんとも偶然が重なるものです)

私は何も食べたり飲んだりできませんが、夫にケーキとコーヒーを買ってあげて、ささやかなハッピーバースディです♪

そのあと病室に戻って、しばらく夫とおしゃべりをして過ごしていましたが、周りの患者さんの手前、あまり夫も長居はできません。夫は、3時頃に病院をあとにしました。

夫が去ったとたん、さて、心細くなってきました。

身の置き所がない感じです。何をして過ごそう。

携帯で友人に電話して、しばらくおしゃべり。

それも終わって、3時半にシャワーを浴びました。

前日にも洗いましたが、またおへそを丁寧に洗いました。(あとで、それでも足りなかったと言われましたが)

シャワーが終わって、髪の毛をドライヤーで乾かし終わると、さて、もうやることがありません。

そわそわ。落ち着かない。先ほど、術前説明で渡された手術説明書をあらためて読み直したり・・・・。

と、そこへ白衣を着た若い女医さんがやってきました。

「明日、麻酔を担当します」とのこと。いくつか簡単な質問がありました。すでに麻酔科医からの説明は、入院前の診察時に受けています。

「口を大きく開けてみてくれますか?アーン」と女医さん。

「アーン」

「もっと大きく。それ以上開きませんか?はい、アーン」

ひえっ!これ以上?限界やんかあ。

「ア―――ン。。。。。ウグゥゥゥ」 思わず、むせました。

「うーむ、もうそれ以上、無理ですかあ? まあ、大丈夫かあ」

何やら、不安げです。 

「はい、ではまあいいでしょう。明日はよろしくお願いします」

そう言って、女医さんは去っていきました。

えええ?大丈夫かいなあ???  私のほうがまたまた不安になってきました。

そんなこんなしているうちに、夕飯の時間。

またもや注腸食です。味気ない。

仕方ない、腸をきれいにするためです・・・・と、そうそう、お腹のほうはうんともすんとも。。。。

案の定、ラキソベロン1本でも私の腸はびくともしません。 

どーしようー。大丈夫? 明日の朝までになんとかせねば・・・。

不安なことがまた増えました。

夜の7時頃でしたか。術前説明に同席したT先生がまた病室に来ました。

「子宮の入口を広げる処置をします。処置室にいらしてください」

ふうう、なんだかこわい。

処置室に入ると、T先生のほかに女医さんがいました。

「S先生と一緒に担当させていただくKです。外来でもお会いしましたよね」と先生。

はて、覚えていない。ごめんなさいと内心つぶやいた私。

「はい、よろしくお願いします」

「では仕度ができたら、処置台に座ってください」とてきぱきK先生。

この内診や処置のための椅子、何度座っても、恥ずかしい。気が遠くなる。思わずフゥーっと息を吸う。

「では内診と超音波で見ますね」とT先生の硬い声がする。ちょっと抵抗感あり。

ひととおり診察が終わったあと「では、いまから子宮口を開くものを膣のなかに入れます。息を吸って楽にしていてください」

何やら異物が…。

「はい、終わりました。明日の手術まで中に入れた状態になりますから、トイレに行かれる際は念のため気をつけてください」

そんなことを言われながら、椅子を降りて身支度をしました。

ひえええ。なんだか、手術の準備、思ったより大変じゃないのぉ。開腹手術より簡単、なんて気軽に思っていた私は、少し気圧されてしまいました。

病室に戻ってベッドに横になっても、なんだか落ち着きません。

考えることは明日の手術のことばかり。

手術は昼過ぎからの予定です。前回の手術のときは、散々待たされて、待ちくたびれたけれど、今回は大きな手術だから、まあ予定通り始まるだろうなあ。

手術の所要時間は約5時間とS先生が言っていました。もしかして、開腹手術になったら長引くだろうなあ。

術後の痛みはどんなだろう。どのくらい続くのかなあ。

そんなことを考えては、ふーっとため息。

8時近くになって、携帯から夫に電話しました。これと言って話すことはないけれど、声を聞くだけで少し安心しました。

そして9時近くにナースがやってきました。

「眠前薬を飲みましょうね」とお薬を渡してくれました。

ふうう、これでなんとか眠れる。あとは天に任せて。

寝る前のお祈りをして、眠りにつきました。思わぬ事態がまた待ち受けているとは、思いもよらずに・・・。

入院・手術前日(前編)

2014年5月12日。子宮・卵巣全摘手術のため入院。

朝4時過ぎに目が覚めました。前夜は、まるで遠足に行く小学生のような気分で、なかなか寝付けませんでした。

前日に、気分をアゲアゲするためにと買い求めた真新しいキャリーケース(それもムーミンの絵柄!)にしっかりと荷造りしておきました。

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むふふふ。

夫も6時過ぎに起きてきました。なんだかふたりとも、そわそわしていました。

入院の手続きのために、病院には9時半頃までには到着しなくてはなりません。

在来線でもいいのですが、荷物があるし手術前日ということもあって、新幹線をつかって行くことにしました。

7時過ぎに家を出て、新幹線、そしてJR線と乗り継ぎ、予定通りに9時過ぎには病院に着きました。

すでにロビーは外来患者でごったがえしていました。

入院手続きの窓口も、順番待ちの番号札が配られていました。

すでに2度目の入院だったので、慌てず騒がず。

待つこと、約20分くらい。窓口に呼ばれ、病棟と病室の確認です。

勝手知ったるなんとやら。あとはさっさと婦人科病棟へ。

病室は前回と同じ、6人部屋です。ただし、前回は廊下側でしたが、今度は真ん中の列でした。

今回は入院期間が約1週間と聞いていたので、できれば太陽の光が入る窓側がよかったなあとちょっとがっかりです。

ナースに案内されて入室したのが10時過ぎでしたでしょうか。

病棟の案内は、もう二度目の入院なので省略とのこと。S先生との面接(術前説明)はお昼前と言われていたので、とりあえずは荷解きです。

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むふふ、手帳もバッグもこれまたムーミンで揃えて、気分を盛り上げました。

さて、ひととおり荷物を所定の棚や引き出しに入れてしまうと、もうやることがありません。

ひまだなあと夫。まだ10時になったばかりです。病院に併設されているスタバにでも行こうかと話しているところに、ナースがやってきました。

「明日の手術までにお腹のなかをきれにするために、下剤を飲んでくださいね」とのこと。
ラキソベロン1本全部を飲みました。頑固な便秘症だから、効くかなあとやや不安な私。

「それからお昼ご飯から、やはり腸をきれいにするために注腸食が出ます。ほかの食べ物は食べないでください。夜9時以降は飲んだり食べたりしないでくださいね」

私は精神科から眠前薬を処方されています。睡眠薬です。

「お薬も飲めないのでしょうか?」

「お薬を飲む程度の水は大丈夫だと思いますが、先生に確認しますね」

そのあと、術前・術後のスケジュールや注意事項について説明してくれました。

「きょうは夜に子宮口を開く処置をするので、その前までにお風呂に入っておいてください」とのこと。さっそく午後の3時半にシャワーの予約を入れました。

また、腹腔鏡手術についての説明書も渡されました。「よく読んでおいてくださいね」とナース。

開いてみると、数ページに渡り、術前・術中・術後の注意事項やどんな状態になるかなどが書かれていました。手術直後は点滴につながれ、酸素吸入が口にあてがわれ、尿道カテーテルが入り、血栓を防ぐために脚をマッサージする機械が膝から下に巻かれることなどが、絵でわかりやすく描いてありました。

むむむ、開腹手術よりは身体への負担が軽いというお話だったけれど、なに、やっぱり全身麻酔で子宮と卵巣を摘出するのだから大変だわあ。だいじょうぶかなあ。。。

朝は何か、とにかく人生の一大イベントに浮き足立っていただけでしたが、だんだんと現実味が帯びてきて、不安な気持ちがもたげてきました。

でも、不安がってばかりいられません。注意事項をよくよく読みました。

術前におへその掃除を丁寧にしておくこと(おへそから腹腔鏡というカメラを入れるので)。
術後の痛みは薬でコントロールできるとのこと。
痛みがあっても、できるだけ早くから身体を少しベッド上で動かすようにすること。
手術後1日目の午後から、ナースの介添えで立って歩く練習を開始すること。
早い回復のためにも、便秘にならないためにも、できるだけ歩くことを心がけること。
食事は術後1日目の昼から全粥が出て、2日目には普通食になること。
術後3日目で、医師の許可がおりたらシャワー浴ができること。
順調にいけば術後6日から1週間で退院できること。

などなど。 なんとなく、手術前から術後にかけての流れがイメージできました。

また、腹式呼吸の練習の仕方も書いてありました。全身麻酔から目覚めたあと、痰がからまりやすいので、それを出すときのための練習です。

ベッドに横になって、試してみました。 スー、ハー、スー、ハー。 結構、疲れる。

そんなことをしているうちに、ふたたびナースがやってきました。

「これ、明日着ていただく手術着です。朝、洗顔を済ませたら、点滴をする前、8時頃までにはこれに着替えておいてください」と、手術着を渡されました。

それから手術室に持っていくものを確認。体の下に敷く大判のバスタオル、夜用ナプキン1枚、T字体1枚、それにそれらを入れるための氏名を書いた手提げ袋です。

どれも前回の手術のときと同じです。「はい、OKですね~」とナース。準備万端だあ。

さて、それからほどなくして、11時すぎ頃でしたか、若い医師がやってきました。
「今回、S先生と一緒に担当しますTです。ほかにもうひとりK先生と3人で担当しますので、よろしくお願いします」とのこと。

なるほど、私のベッドの頭のところにS先生ほかの名前が書いてある表札が貼ってありました。

術前説明のことを聞いたら、おそらく午後1時頃になるとのこと。

私の食事(といっても、スープと重湯とジュース)は11時半頃に運ばれてきたので、夫はひとりで病院にあるコンビニでお弁当を買って食べてきました。

さて、約束の時間の1時近くになって、さきほどのT先生が病室に来て「お待たせしました。これから術前説明をしますので、面談室へいらしてください」

なにやら重々しい感じ。

夫と私は、やや緊張してT先生のあとをついていき、面談室に入りました。

(後編に続く)

ダイエット成功!術前に4キロ減量しましたあ

「できれば5キロを目標に」とS先生から宣告されてから手術まで、約1ヶ月。

我ながら涙ぐましいダイエットの日々でした。

間食は一切なし。
コーヒー、紅茶は砂糖・ガムシロ抜きで。ジュース類は飲まない。
炭水化物もほとんどとらない。
夜9時以降は食べものを口にしない。
タンパク質は魚、鶏肉や豆腐など、低カロリーなもので。
一日の摂取カロリーを約1000キロカロリー以下に抑える。

などなど・・・・自己流ですが、かなりストイックなダイエットを敢行しました。

周りの友人や家族は、1ヶ月で5キロなんて無茶苦茶、せいぜい3キロがいいところだよう、無理しないでー、と慰めというか励ましというか、そんな言葉をかけてくれました。

が、そこはおっとりにみえて負けず嫌いな私。

さすがに5キロは無理にしても、1週間に1キロという目標を立てて、必死にダイエットに励みました。

途中、あー、もう嫌だーって欝モードで泣きがはいったときも何度もありました。

どーしてもラーメンが食べたくなって、夫とラーメン屋に行き、半人前だけ食べて、そのあと30分間のウオーキングでなんとかごまかしたことも。

教会の行事に出席して、ケーキとおせんべいが振舞われたときは、ウーーーっと我慢できず、思わず手が伸びてしまい、翌日体重が約700グラム増えていて、ものすごく後悔したことも。

体重は増えるのはあっという間、減らすのには倍の時間がかかります。

そんなこんなで、試行錯誤ありました。でも、おしなべて、目標どおり、1週間に約1キロ近く、減っていきました。

で、手術の前日、つまり入院の日の当日の朝。
それはダイエットをはじめてからちょうど1ヶ月目のことです。

体重計に乗ったら・・・・・

おおおおおおおおおおおおーーーーー見事に、ちょうどぴったり、4キロ減!

は、は、は! なんという達成感。

そして、手術に向けての”闘争心”がめらめらと燃えてきたのでした。

ダイエット大作戦…久々の運動、そして出血…

「手術までに、少し痩せておいてください」

この前の診察でS先生に言われました。

手術まで、あと約1ヶ月。なんとか3キロは痩せたい。

まずは食事療法です。

以前に耳ツボダイエットで、3ヶ月で10キロ痩せたことがあります。

結局はリバウンドしちゃったのだけど、そのときの経験を活かして、徹底的に和食にこだわって、お魚や野菜の煮物、ほうれん草のお浸しなどをそれぞれ少しずつだけ。

間食はなし。コーヒーは砂糖抜き。

まごはやさしい。

まめ、ごま、わかめ、野菜、しいたけ、芋。これらを食べると良いらしいです。

あとはタンパク質。魚だけでなく、鶏のささみを酒蒸しにしてサラダとか。お豆腐や納豆もいいですねー。

というわけで、食事については早速、先週の木曜日からダイエット食にして取り組んでいます。

でも、1ヶ月で3キロ減量するには、運動も必要です。

あああ、これが大変なんですよー。

私の場合、欝になると一日中、寝てるんです。

このところ、ずっと欝気味で、診察がある日以外の平日は、朝から夕方まで、布団の中。

運動するどころか、着替えもせずにパジャマのまま、一日過ごすことも…。

さて、どーしよう。

でもなんとかして痩せなきゃー。手術の成功がかかっている。

そうだよなーっと、出っ張ったお腹をつくづく眺めて思いました。

こんなお腹じゃ、脂肪が邪魔して腹腔鏡がなかなか中まで入らなくて、先生も悪戦苦闘しそうだわ…。

どーしよう、どーしよう、痩せなきゃ、痩せなきゃと思いつめて、今朝はノイローゼ気味に。

困ったときのK先生。さっそく病院に電話しました。

「おお、絶好のダイエットチャンスじゃないですか!食事療法も大事だけど、やっぱりウオーキングですよー。欝で動けないときは食事はかなり控えめにね。欝?大丈夫、運動すれば治りますよ」

そっかあ。やっぱり運動ね。ウオーキングだって。

私は、腹をくくりました。ずーっと休んでいた、ジムに行って最低1時間はランニングマシーンでウオーキングしようと。

お昼すぎ、重い腰を上げて着替えて、ジムへ行く支度をして、いざ出陣。

ジムまでは徒歩で10分ほどです。幸い、今日の昼間はポカポカ陽気でした。

午後1時頃にジムに到着。ロッカーで着替えて、ジムのタウンビュースタジオへと。

10台くらいあるランニングマシーンは、せっせとウオーキングする人やランニングする人でほぼ埋まってて、かろうじて2台だけ、空いていました。

そのうちの1台を選んで、さてウオーキングの開始です。

久々の運動なので、今日は控えめに…でも、できるだけ脂肪は燃焼したい。

そんなアンビバレントな気持ちで、歩く速度を速めたり遅くしたりとあれこれ調節しながら、歩きました。

ウオーキングの時間は40分と決めました。

そのうち、「額に少し汗が出る程度の運動」と、脂肪肝の治療法を調べていた時にどこかのサイトに書いてあったことを思い出しました。

まだ、汗が出ない。

歩く速度を少し速くしました。30分近く経った頃、やっと少し額に汗が。

それからの10分は、心拍数もかなり上がったような感じで、ぽっぽと火照ってきました。

あともう10分くらいは歩けそう。そう思ったところで40分が経ちました。

どうしよう、もう少し続けようかとちょっと迷ったけれど、久しぶりの運動だったので無理は禁物、ウオーキングを終えました。

ああ、達成感。

思い切ってジムに来てよかった。欝も吹っ飛びました。

そう安心して、トイレへ。

と、そこでびっくりです。かすかですが出血です

ど、どうしよう。不正出血は去年の10月末にあったきり。

内膜掻爬手術のあと、約数日、手術後の出血がありましたが、それ以外には出血はありませんでした。

ずーっと出血も痛みもなかったので、病気の身であることを一瞬忘れてしまってました。

あれー、ちょっといきなり激しい運動をしちゃったせいかな。

大丈夫かな。

不安になってきました。

手術のためには痩せなきゃならない。

でも運動はどの程度、やってよいのか。

不正出血したけど、大丈夫なのか。

明日、病院に電話して聞いてみよう。

手術できるの? 肝臓病? 身体ボロボロ…

肝臓、肝臓、肝臓。

この2、3日、肝臓病のことばかりgoogleでググって調べてます。

先日の診察の術前検査で、肝機能の状態を示すALTとASTの値が異常だったのです。

いろいろ調べてみると、私の場合、ALT値が基準値の倍以上もあって、ASTよりも数値が高い。

この場合、脂肪肝や肝炎の疑いがあるとのこと。

そーだよねー。脂肪肝だって、もう5年くらい前に病院の超音波検査の結果、言われた。

でも、そっかあ、ちょっと痩せなきゃなあっていう程度で、大して気に止めなかった。

というか、病気だという認識が足りなかったなあ。

脂肪肝も、放置しておくと、肝炎、肝硬変、そして肝癌になってしまうこともあるって…!

2週間後に、もう一度、肝機能の検査をすることになりました。

脂肪肝ならまだしも、すでに肝炎だったりしたら、ひょっとして今度の子宮摘出手術に影響するのかしら?

だいたいね、私はもう躁鬱病と子宮体がん(複雑型子宮内膜異型増殖症)というふたつの病気を抱えてるのに、これに加えて肝臓の病気も…なんてことになったら…。

もう、身体ボロボロじゃない!

あ~、不安だあ。

だんだん欝になってきました。 

早く再検査して、安心したいよ。

術前診察その1~少しの安堵と不安

2014年4月3日。S先生の診察。術式と手術日の決定。

朝から雨がぱらついていました。気分重いなあ。

今日は約1ヶ月ぶりのS先生の診察です。術前検査もあります。

午前7時過ぎにに家を出て、新幹線、JR線を乗り継ぎ、9時少し前に病院に到着しました。

診察は10時の予約。その前に、術前検査を済ませました。
採血、胸部レントゲン検査、そして心電図。

思ったより順調に検査が終わって、10時より少し前に婦人科外来へ。

現在、9時~9時半予約の患者さんの診察中。「遅れています」と診察状況を示す電光掲示板。

いつもながら、です。最低でも1時間は待たされると覚悟して、待合所の椅子に腰掛けました。

一緒についてきてくれた夫は、しばらくすると居眠り。朝早かったから無理もないです。
私は、これもいつものこと、スマホでLINEをしたり、Facebookを眺めたり。

かなり待ちました。

診察の順番が回ってきたのは、午後1時半を過ぎていました。

診察室に入ると、これもいつものように「お待たせしました」とS先生。

おもむろに術前検査と先日撮ったMRI検査の結果について話し始めました。

「レントゲン、心電図に問題はありませんね。MRIについても、子宮の筋肉に浸潤が見られるとかといった異常はまったくありません」

よかった。MRIの検査結果については、癌の兆候が見られたりしていないか不安でした。

「ただ採血のほうなんですが、肝機能の値が上限値をかなり上回っています。昨日、お酒をたくさん飲んだとか、何か心当たりありますか?」

パソコン上に示された血液検査の値を見せてくれながら、そう先生が聞きました。

「いえ、ぜんぜん」と私。 確かに、肝機能の状態を示す、AST(アスパラギン酸アミノ基転移酵素)の値は上限35のところ52、そしてALT(アラニンアミノ基転移酵素)の値は上限40のところその倍以上の93です。(あとで検査検査データ表をもらいました)

ひえ。倍以上とは!

「手術前にもう一度肝機能の検査をしましょう」とS先生。

肝臓に問題があったら、手術に影響が出るのかなあ。
不安になってきました。
そういえば、以前に脂肪肝と言われたことがありました。どうしよう。

そんな私の不安な気持ちはさておいて、という感じで、先生は話を進めました。

手術日はまだ確定ではないけれど、一応、5月13日。入院はその前日の12日に。術前説明はその日にします…。

私は気になっていた、卵巣摘出のことについて聞きました。
子宮の病気なのに、なぜ卵巣まで摘出するのでしょうか?

卵巣に癌が発症することも考えられるので、またそのために手術をするのは負担かかるからとのこと。

卵巣を摘出して、何か問題が起きないかどうか?

「30代くらいの若い方では更年期障害のような症状が出ることがありますが、あなたの場合、生理が無くなってから1年半以上経っていて、年齢的に考えても(50代前半)、(女性ホルモンが減っているので)そのような大きな変化はまず無いと思っていてよいです」

安心しました。

そして、手術の方法について。

「腹腔鏡を使った手術にしようと思っています。開腹手術より負担が少なく、入院期間も5日から6日ですみます。また、お腹に数箇所、小さな穴を開けるだけなので、美容的にも開腹よりいいです」とのこと。

そう言って、S先生は腹腔鏡下手術についての詳しい説明が書かれた文書をプリントアウトして、簡単に手術の方法を説明してくださいました。

「また術前説明のときに詳しくお話しますが、参考までにこの書類に目を通しておいてください」

そう言って、S先生はその書類を私に手渡しました。

「それからこの手術を円滑に行うためにも、少し痩せておいてください」

真面目な顔でS先生。

ひええ。

そうだよなあ。去年の春から約1年近くで4キロも体重が増えています。ただでさえ、ぽっちゃり型だったのに、いまは肥満の一歩手前。仕方ないよー、中年太りだもん。そう言い訳しつつも、今年は1ヶ月に1キロ減量を目標にダイエットに励んでいましたが、まだ1.5キロしか痩せていません。

いやー、これは大変なことになった。オロオロ。恥ずかしいな。

「はあ、なんとか頑張っているんですけど…」もぞもぞと言い訳した私。

そのとき、私の後ろに座っていた夫がおもむろに質問しました。
「あの、複雑型子宮内膜異型増殖症とは子宮体がんなのでしょうか?」

そうなんです。ネットを見ていると、複雑型子宮内膜異型増殖症を子宮体がん0期としているものもあれば、前癌状態としているものもあり、少し混乱していたのです。

「体がん」と言うのと「前癌状態」と言うのでは、病気の重さの印象が違います。

複雑型子宮内膜異型増殖症は、子宮体がんになる可能性が約3割だから手術をする必要があるということは、すでにS先生から説明を受けていました。でもネットでは「子宮体がん0期」と書かれているものもあり、私はこのブログでも体がん0期としています。

「まだ癌にはなっていない、前癌状態です。去年までは子宮体がん0期と言っていたのですが」

なんだか少しホッとしました。病気の状態は、どのように呼ぼうと変わりはないのですが、やはり「前癌状態」と言われたほうが、気分が少し楽になります。

そんなわけで、このブログ、子宮体がん闘病記としていますが、正確には「複雑型子宮内膜異型増殖症闘病記」なのです。

でも、異型増殖症と診断されて手術してみたら、病理検査で癌がみつかることもあるそうで、やはり子宮体がんに対する不安は消せません。

やはり、子宮体がんの闘病なのです。

ひと通り、術前の診察が終わったかなと思ったところで、S先生が言いました。

「えーと、精神科のほうのことですが、J大学病院の主治医の先生から紹介状をいただいてますが、こちらの精神科でもう一度診察を受けておいてもらいましょう」

はあ。またかあ。前回の手術前に、もう精神科には受診しました。また初診を受けるのは面倒です。

でも、手術にあたって不安感や欝気分が出てきたら精神科の先生の助けが必要です。
精神科と十分に連携していただくためにも、面倒ではあっても前もって私の状態を把握してもらっておくためには致し方ありません。

精神科の診察予約をするように言われ、一応、診察は終わりました。

前癌状態であることが確認できて少し安心しました。

でも、肝機能に異常が…不安です。

今度の診察は4月17日。その日は、再度、肝機能の血液検査をして、入院・手術にあたっての看護師さんからの説明も受けることになりました。

それまでに肝臓の状態が良くなっていること、少しでも体重を減らしておくこと。

ふたつの課題ができました。

手術まで、まだ1ヶ月以上あります。なんとかなるでしょうか…。

いよいよ明日…

ふう、やっと明日、約1ヶ月ぶりの診察です。

待ったなあ。

この前の診察は2月下旬。ダウンコートを着て出かけました。

今週と言ったらポカポカ陽気で、桜も満開。季節はあっという間に移ろって…。

明日は曇り、気温もやや花冷えの予報です。

なんだか私の気分を映し出しているかのよう。

複雑型子宮内膜異型増殖症(子宮体がん0期)との診断を告げられて、子宮と卵巣の全摘手術をすることまでは決まってるけれど、まだ手術の日程や術式は決まってません。

この1ヶ月、不安定な気持ちを抱えて、過ごしてきました。

子宮内膜掻爬のあと、子宮の全摘手術はある程度、覚悟していましたが、卵巣も摘出するとは思っていなかった。

卵巣までとるって、どういうこと?

S先生は、閉経しているから…と言っていたけれど、なぜ摘出するのかしらん。

卵巣を摘出したら、女性ホルモンが分泌されなくなるのだから、どんな変化があるのかな?

細胞に異型があるということは、もしかしたらがん細胞も併存しているかもしれない?

最初に不正出血があったのが去年の10月末。
それからもう5ヶ月が経っています。手術の頃には半年近くになる。
その間にどんどん病状が悪化しているとしたら?

もうー、いろいろな疑問、不安が頭をもたげてきました。

まだがんになったわけじゃないじゃない?
そんな「励まし」のつもりかと思われる言葉に、ひどく傷ついたり…。

一方で、毎日のように電話で私の愚痴や不安をただ聞いてくれる友人もいました。

教会でも「初期の初期でよかったですね、最善の結果を祈ってます」って、たくさんの姉妹(教会員)が声をかけてくれました。セカンド・オピニオン外来の存在を教えてくれた姉妹もいました。

そして、つい最近。子宮体がんと闘っている方からの励ましのコメントがありました。

こうした周囲の心遣いが、どんなにか心強かいことか。

私がこのブログで、子宮体がん闘病記を書く事になるとは半年前には想像もしませんでした。

でも、複雑型子宮内膜増殖症だとわかった頃から、子宮体がんの情報をインターネットで調べているうちに、子宮体がんの闘病を綴ったいくつかのブログに出会いました。

それらのブログは実体験にもとづいた内容で、どんな情報にも負けないほど貴重なもので、また、とても励まされました。

それで私も、私と同じような病気を抱えている人に少しでもお役にたてたら、と思い、この闘病記を書き始めました。

さて、闘病記もこれからが本番。

明日、手術の日程が決まって、術前説明を受け、そして入院、手術が待っています。

手術のあとのことも、また気になります。

躁鬱病のほうは、いまはやや欝状態です。無理もないですね。
抗不安薬や抗うつ薬、そして睡眠薬を飲みながら、なんとかやり過ごしています。

明日は、夫とともに診察に行きます。会社を休んで付き添ってくれる夫に、心から感謝。

診察が終わったら、どこかでお花見でもして、気晴らししてこようっと。

子宮体がん0期(複雑型子宮内膜異型増殖症)の告知

2014年2月27日。子宮内膜掻爬後、初めての診察。子宮内膜病理検査結果の告知。

複雑型子宮内膜増殖症の治療のため、去る14日にに子宮内膜の掻爬と子宮内膜ポリープの切除をしました。

子宮内膜は病理検査に出され、約2週間後の27日にその結果を聞くための診察を受けました。

手術前から、細胞に異常がなければ経過観察、異型があったら子宮全摘を検討、と言われていました。

私はインターネットやガンホットライン、がん情報センター(国立がんセンターのがん相談窓口)で、異型があった場合のことについて、いろいろと調べておきました。

その結果、複雑型子宮内膜異型増殖症の場合、それは子宮がん0期、あるいは前癌状態であり、がんになる可能性が20~30%なので子宮の全摘が必要になるということがわかりました。

細胞に異型がなくても、3ヶ月に一度、経過観察のため、細胞診をしなければならないとS先生もおっしゃってました。

どちらの結果にしても、無罪放免とはいかないんだなあ。

面倒なことになったなあ。細胞に異型があったらどうしよう。子宮がんだなんて…。

そんなことを思いながら、結果がでるまでの2週間、もんもんと過ごしました。

その2週間のなんと長かったこと。

やっと結果が聞ける。期待と不安のなか、会社を休んでくれた夫とともに病院へ向かいました。

予約時間の1時半少し前に診察待合所に着きました。

診察の進行状況を見ると、なんとまだ10時半の患者さんの診察中。

いつもながら、S先生の診察は丁寧なかわりに遅れに遅れます。

これは3時間くらい待たなきゃならない。そう覚悟を決めて椅子に座りました。

夫は本を取り出して読んでいます。

私は本など持ってくること、考える余裕がありませんでした。仕方ない、スマホでlineでもして時間を潰すかな。

でも1時間待っても、まだ11時の予約の患者さんの診察です。

飽きてきたので、病院に併設されたスタバでお茶することにしました。

「3ヶ月に一度の経過観察って面倒だよね。いっそのこと異型がなくても手術してもらおうかな。先生になんて言ったらいいかなあ」

「知らないよ、僕は。だいたい、そんな無駄な手術、できるのかあ?」

狭いスタバの店内で、そんなのんきな会話をしました。

30分ほど経って待合所に戻りました。午後3時近く。やっと11時半の患者さんの診察中です。

私は、細胞に異型があった場合のことはあまり考えないようにして、異型がなかった場合、経過観察を受け入れるか、手術を希望するか、そんなことに思いめぐらしていました。

あまりに待ち時間が長いので、売店で雑誌を買ってきました。目を通してはいるものの、あまり内容は頭に入ってきません。

ふうう。出るのはため息ばかり。

1時間ほどが経過して、やっと電光掲示板に私の受付番号が点灯しました。あと3人です。

「ねえ、先生になんて言って、手術を頼んだらいいかなあ」と私。いま考えると、なんとも馬鹿げたことをお気楽に考えていたものです。

20分程して、私の名前がコールされました。夫と一緒に診察室へ。

「お待たせしてすみませんでした」とS先生。

私は先生と向かい合うように椅子に座り、夫はその後ろの椅子に腰掛けました。

「手術のあと、何か異常はないでしたか?出血はどのくらいで止まりましたか?」

「はい、大丈夫です。出血は1週間ほどで収まりました」

「では病理検査の結果ですが、やはり細胞に異型がありました。ですから子宮をとる手術が必要になります」

えっ?!

一瞬沈黙、絶句。

「あ、そうですかあ」とやっと私はひと言。後ろにいる夫が緊張しているのが伝わってきました。

「でも早くに見つかってよかったですね。異常があってすぐに受診されたので、見つかりました。放っておいたら、大変なことになっていました」とS先生。

「はい」と私。目の前のパソコンに映った電子カルテには、赤字で「細胞に異型」の文字が…。

私は、異型がなかった場合のことばかり考えていた自分を後悔しました。

「手術ということでよろしいですね」とS先生は確認すると、手術には、お腹を切っての開腹手術と、腹腔橋を使って子宮を取り出す手術のふたつの術式があり、どちらにするかはMRIで子宮と卵巣の状態を調べて決めると説明してくださいました。

「では子宮の全摘と、あなたの場合、閉経しているので卵巣も摘出しましょう

またもや、えっ?!

子宮の全摘は覚悟していたけれど、卵巣も摘出するとはまったく思ってもいなかった事態です。

でも、その時点では、「はい」と答えるのが精一杯。なぜ卵巣も摘出するのか、落ち着いて聞く余裕はありませんでした。

S先生は「手術は約2ヶ月後くらいになります」とおっしゃって、それから、私の後ろに座っていた夫に向かって「ご主人、そういうわけですので…」と、私に説明したことをまた丁寧に説明してくださいました。

そして、次の診察では、術式を決定するという説明があり、あとはMRIの検査日や次回の診察日などについて詳細は別途、助手の医師から説明があるとのことで、私と夫はいったん診察室を出ました。

「はああ」と大きなため息とともに、待合所の椅子に腰掛けました。

「まったく、どうやって手術をお願いするかなんて悩む必要なかったじゃないかあ。また手術かあ」と夫。

細胞に異型ありか。子宮体がん0期

そっかあ…。予想を裏切られて、なかば放心状態です。

数分ほどして、また名前を呼ばれました。今度は相談室です。中に入ると若い医師が待っていて、MRI検査の日程や次回診察日をてきぱきと決めました。MRI検査はちょうど1ヶ月後の3月27日夕方。次回の診察は4月3日となりました。また、入院の予約もしておくようにと言われました。

相談室を出た私は夫ともに、1階の受付ロビーに向かいました。

検査窓口でMRI検査の予約をして、会計を済ませました。もう5時近くです。

また、手術まで2ヶ月も待つのかあ。その間、どうやって過ごそう。あ、K先生にも連絡しなくちゃ。

そんなことをぼーっと考えながら、JRの駅に向かって、とぼとぼ歩いていきました。

夫が一緒でなかったら、泣き出していたかもしれません。

いつもは饒舌な夫も、言葉少なです。

「ま、早く見つかってよかったじゃないか」とひと言。

「うん、そうだね」

自分に言い聞かせるように私は言って、少し気を取り直しました。

少し早めの夕飯を新宿のデパートで食べながら、診察の結果を心配してくれている友人や教会の牧師にメールしました。

みな、驚いているだろうなあ。というか、がんというだけで引いちゃうかなあ。

そんなことを思いながら、家路に着きました。

熊谷駅について、さて何か忘れたことが…? 

そうです、肝心の入院の予約をするのをすっかり忘れて帰ってきてしまいました。

夫も私も、まーったく気が付きませんでした。

やっぱりショックは大きかったのです。

こねこ時計
CATS
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プロフィール

葉菜

Author:葉菜
猫・海・桜が大好きなおっとり癒し系。双極性障害(躁うつ病)と境界性パーソナリティ障害を患い、精神科通院歴15年。2014年には子宮体がん(0期:子宮内膜異型増殖症)のため子宮・卵巣全摘手術を受け、現在経過観察中。興味のあること:写真撮影、旅行、読書、映画鑑賞、カフェ巡り、絵画鑑賞、クラシック音楽など。猫3匹と夫の5人家族。

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「気分グラフ」とは、寝る前に一日を振り返って、その日の気分の状態を記録するグラフです。1から9までのスケールで、1は最悪(酷い鬱状態)、5が普通、そして9がマックスの躁状態です。その日の状態にあてはまる数字に〇をつけます。そしてそのような気分に影響したと思われる出来事をメモします。また天気や睡眠時間も記録します。これによって自分の状態を客観的に振り返り、1,2週間の気分の波を一目で見ることができます。
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