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心の引き出し-ある「邂逅」の記憶

その記憶は突然によみがえりました。もう約20年も前のことです。

都心のとある静かなレストラン。午前中のこともあり、人はまばらでした。

彼と私たちふたりは、待ち合わせした帝国ホテルからそのレストランへと場所を移し、少し早目のランチを食べながら、語り合いました。

彼を呼び出したのは私でした。考えに考えた末のことでした。

 
私たちはそれまでにも何度かふたりで食事したり、映画を観たりしました。
 
何もなかったかのように、ふるまっていました。暗黙の了解があったわけでもなかったけれど。
 
 
 
 
 
でも、ふたりは知り合ってからもうそのときですでに20年以上が経っていました。私たちは、学生時代に同じサークルの同級生として知り合い、恋人同士となり、大学を卒業するころには結婚の約束もしていました。でも、いろいろな事情が重なり、別れました。
 
そして彼は右に、私は左に人生の舵をきりました。ふたりは無理やりとも言えるかたちでしたが、別々の人生を歩きはじめました。
 
彼と私の接点は、彼が結婚をする直前に送って来た手紙を最後にとぎれました。その手紙をもらったときの私は、あることがきっかけで鬱状態にありました。優しく愛情にあふれた彼からの手紙を読んで、私はひとり泣きました。涙が後から後からこぼれて止まりませんでした。
 
私はある決意をしました。いつかもし彼とまた再会することがあるとしたら、胸を張って幸せだと言える人生を歩もうと。どんな困難なことがあっても、この手紙を思い出せば頑張れる。そう思いました。
 
実際、私はそうしてその後の約10年を歩みました。彼とつき合っている頃からの念願だった米国留学も果たし、その後1年間アメリカで仕事をし、帰国してからも環境NPOで政策調査の仕事に携わって充実した日々を送っていました。
 
ときどき夢を見たように、彼のことを忘れるということはなかったけれど、もう恋愛という感情は消えていました。新しい恋愛の対象も現実に現れていました。
 
仕事に忙殺されていたある日のこと。大学のサークルの飲み会の知らせが飛び込んできました。卒業してから20年近くが経っていました。
 

 
「彼に逢えるかもしれない」。かすかな期待が胸をよぎりました。
 
初秋のある金曜日。仕事を早めに終えて、なつかしい学生街にある飲み屋へと向かいました。座敷に通され、すでに来ている人たちがいっせいに私の方を振り返りました。そしてそこに彼がいました。
 
私たちは約14年ぶりに再会しました。その飲み会の夜、彼はほんとうに嬉しそうに私の隣に座り、あれこれと自分の近況を語り、私のことも質問攻めにしました。
 
周りは目に入らないかのように、私たちは14年という時間の隙間を埋めるのに夢中になりました。
 
そして別れ際にメールアドレスを交換しました。何かあったら連絡して、と彼。
 
その意図はよくわからなかったけれど、単純に嬉しかったことをいまも覚えています。
 
そして帰宅した日の夜。携帯に彼からのメール。一度ゆっくり会いたいと。
 
一瞬、はた、と思いました。どうしよう。でもすぐに返信しました。いいですよ。だって一回だけだから。久しぶりだし。
 
そうして私たちは、飲み会から間もなくの平日の夜、10数年ぶりにふたりだけで会いました。
 
彼は饒舌でした。私たちは、飲み会の続きのように、互いの近況を語り合い、食事も終わりかけた頃、彼は唐突に、「君に謝りたかった」と言いました。私は驚きました。遠い昔、別れを切り出したのは私のほうだったからです。
 
でも、彼には彼の言い分がありました。あの時、無理にでも引き止めなかった自分に非があると。あれからずっと、私が幸せになったかどうか、気がかりだったこと。飲み会で再会して、仕事に充実していて輝いている私を見て嬉しかったこと。そんなことを彼は話しました。私はその思いを素直に受け止めました。
 
単純に嬉しかった。正直に言えば、そういうことでした。ふたりだけで会えたこと。そして、言わば”仲直り”ができたこと。恋人ではなく、今度は「親友」として「邂逅」できたこと。
 
そんな浮足立った気持ちを抱えた私と彼は、渋谷駅までタクシーで出ました。そこで別れ際、彼は「じゃあ、また連絡するよ」と満面の笑顔で言って、去っていきました。
 
私はぽわーんとした気持ちでしばし、駅の雑踏に佇んでいました。この状況をどう理解したらいいのだろう。彼はいったい、どういうつもりなんだろうか。私は「また」があるとは思っていなかったので、戸惑いと期待で複雑な気持ちにつつまれたまま、帰路につきました。
 
それからしばらくの間、私は仕事に没頭していました。でも、ふと、ときどき思い出していました。「また」と言った彼の笑顔を。期待が胸をよぎりました。まさか。でも。だけど・・・。
 
そんなある日、また彼からメールが来ました。夕飯の誘いでした。私は2日ほど返事を伸ばしました。躊躇していました。でも結局、返信しました。はい。会いましょう。
 
だって、私たち、ただの「親友」だから。言い訳けであることを心のどこかで意識しながら、でもそんな後ろめたさを押し殺し、私は約束の場所に向かいました。
 
今度も私たちは、まるで10数年会っていなかったとは思えない親しさで、おしゃべりに夢中になりました。
 
「君はいったい、結婚するつもりないの?いい奴いないのか?」
 
突然、彼は切り出しました。私は「べつに・・・」と言葉をにごしました。好きな人はいたけれど、片思いのまま時間が過ぎていたのです。それに、彼にそう聞かれて、戸惑いました。この人はいったい、どういうつもりで私と会っているのだろう。すっかり忘れていた遠い昔の思いがよみがえったりしないのだろうか。
 
そんな複雑な気持ちを抱えたまま、私は誘われるままに何度か彼とふたりで会いました。「ただの親友だから」という言葉を胸にして。私たちはいつも、食事をして、少し場所を変えてお酒を飲んで、そしてどんなに遅くても夜10時には、じゃあねと言って別れました。
 
そんなふうにして半年ほどが経った後のこと、私の誕生日に、私たちは初めて、映画を一緒に観ました。遠い昔、恋人同士で何度も映画館に一緒に行って以来のことです。イタリアの映画でした。微笑ましい恋愛映画。暗闇の中で、私はこんな時間がずっと続いてくれれば・・・と思っていました。自分勝手なことだとはわかっていながら。
 
そして映画の後、特別にサプライズ・ディナーがありました。私は思い切って言いました。
「ありがとう。いまとっても幸せよ」
彼はただ黙ってうなずきました。
 
そしてその帰り道。暗い夜道を肩を並べ、駅へ向かって歩いているとき、突然彼は、
「今日はほんとうに楽しかっよ」と私の顔を見つめて言うと、さっとタクシーをつかまえて去っていきました。一度も振り返らず。何かをふりきりたいかのように。
 
困った。このままではだめだ。私は、そう思いました。このまま、こんな中途半端なことを続けていると、昔の気持ちが膨らんでしまう。でも、その気持ちはもう宛先がない。
 
「何か」をお互いに口にしないまま、「親友同士」を演じていても、だんだんと私は昔のふたりを取り戻せるのではないかという幻想に惑わされそうになっていました。
 
私は、はっと我に返りました。このままでは、苦しむのは自分だ。もう、ふたりで会うのはやめなければ。
 
 
それで、私は初めて私の方からメールをして、1時間でいいからできるだけ近いうちに会いたいと連絡しました。
 
そしてその日、待ち合わせの帝国ホテルのロビーに、彼は先に来ていました。
「なんだよ、急に呼び出して。さては何かいいことがあったかい?」
横断歩道で信号待ちをしながら、彼はそんなことを言っていました。何も私の気持ちは予期していない様子でした。
 
そして私は、レストランで昼食を終えてコーヒーを飲みながら、切り出しました。
「もうふたりだけで会うのはやめたいの。このまま会っていると、私は辛くなってしまいそうだから。昔を思い出して」
 
彼は一瞬、黙ったあと、絞り出すような声で言いました。
 
「なんだ、結婚の報告かと思ったよ。僕は心の奥の奥の引き出しにしまっておいたのに・・・なぜあえて引き出すようなことを言うんだ」

「心の引き出し」。

そんな言い方もあるのね。
じゃあ、あなたはなぜ、私の「心の引き出し」を開けるようなことをしたの?

彼のひと言で、すーっと私の気持ちは潮が引くように覚めていきました。

そのあと、どんな会話をしたのか、いまとなっては覚えていません。でも、開けられかけた「心の引き出し」がすっと閉められた私は、それ以後、けっして「昔の私たち」を思い出すことはなくなりました。

そして、いまとなってはもう20年近く前となった、この彼との約半年の「邂逅」も、私の心の引き出しの奥の奥にしまわれていました。

なぜ、その引き出しがきょう、こうして開けられたのか、理由は心当たりがありません。ただ、開けてみて、ああそういうことだったなあと懐かしく思っただけのことです。

人は記憶という名の「心の引き出し」をいくつも持っています。そのどれもが等しく、大切な引き出しです。でも、開けてはいけない引き出しがあることを、私は身をもって体験しました。



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すごく素敵な文章ですね。
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プロフィール

葉菜

Author:葉菜
猫・海・桜が大好きなおっとり癒し系。双極性障害(躁うつ病)と境界性パーソナリティ障害を患い、精神科通院歴15年。2014年には子宮体がん(0期:子宮内膜異型増殖症)のため子宮・卵巣全摘手術を受け、現在経過観察中。興味のあること:写真撮影、旅行、読書、映画鑑賞、カフェ巡り、絵画鑑賞、クラシック音楽など。猫3匹と夫の5人家族。

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「気分グラフ」とは、寝る前に一日を振り返って、その日の気分の状態を記録するグラフです。1から9までのスケールで、1は最悪(酷い鬱状態)、5が普通、そして9がマックスの躁状態です。その日の状態にあてはまる数字に〇をつけます。そしてそのような気分に影響したと思われる出来事をメモします。また天気や睡眠時間も記録します。これによって自分の状態を客観的に振り返り、1,2週間の気分の波を一目で見ることができます。
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